プレミアムフルーツ「完熟せとか」

大人気商品「せとか」が登場!

TVやラジオでも話題の「せとか」がひなたファームにも登場しました!!

 

薄い皮につつまれた、ずっしりと重みのある果実。

非常にジューシーで、甘みの強い果汁とやわらかい果肉。

一口食べただけでそのうまみがわかります。

 

売り切れ必死の、リピーターの多い人気商品です。

 

「せとか」は普通のみかんと比べると非常に表皮が薄い品種です。

メロンを食べるように、表皮をナイフでカットして頂くとより一層、果肉の食感と充分な果汁をご堪能いただけます。

 

南国は宮崎から自然の恵みを

宮崎県にて、南国の太陽光をサンサンと浴びて育てられたのが「せとか」です。

 

まだまだ生産者が少ないので、「せとか」は高級品。

品種が新しいうえ、栽培が難しく、貯蔵にも技術が必要なのです。

 


長友みかん農園の挑戦

今回、ひなたファームが「せとか」の販売に協力をお願いしたのが、かの有名な「長友みかん農園」です。

 

農薬を最低限に抑えた減農薬で栽培するなど、新技術でこだわりの農法で知られています。

 

また、農園主の飽くなき探求心のもと、オリジナルの肥料を調合し”甘さ”を更にグッと引き立たせた栽培法を実現しています。

 

美味しい作物のために欠かせない要素が、肥料です。当農園では、長年培ったノウハウから自家製ブレンドの肥料を用いて栽培。

ミネラルたっぷりの肥料で、より甘く、より美味しく仕上がります。

 

 

安心安全なグローバルGap認証取得の農園です。

 

この農園の「せとか」を食べて、「みかんの常識が変わった!」というお客様も数知れず…

 

「せとか」の一級品を生産・お届けできる農園なのです。


✿長友みかん農園の軌跡✿

長友みかん農園の軌跡を農園主に伺いました。


この農園は私で3代目になります。

 

初代(祖父)が戦後、中国(旧満州)から宮崎へ戻り、山を切り開いて始めた「温州みかん」の栽培。これが現在の「せとか」栽培の原型です。

その後、長男であった私の父が後継し、農地を広げていきました。

 

ところがその頃、「オレンジの輸入自由化」によってみかんの価格は暴落。

我が家も大打撃を受け、他の作物への転作を余儀なくされました。

 

子供4人を育てるために、両親は農地を購入して栽培面積を広げ、まずは“大根”の栽培。冬の寒風を利用した「干し大根」づくりを始めました。

 

私たちも学校から帰ると、トラックに山積みの大根を洗う作業が待ってました。

宮崎と言えども、冬の水はとても冷たく、”しもやけ・アカギレ”が絶えない日々。

今でこそ兄妹間での懐かしい思い出話ですが、当時は本当に辛かったです。

 

子供の成長とともに“施設園芸(ハウス栽培)”へと移行。

一気に4,000㎡のビニールハウスを建てて、トマトやナス、ピーマン、キュウリ、花はガーベラなど、父は単価が高いと聞けば何でもトライしていました。

 

私が大学院生の時は3人が大学在学中。

両親は朝早くから深夜1時~2時まで、収穫から箱詰め作業に従事。

睡眠時間が3,4時間の日が半年ほど続いたそうです。

 

子ども4人が大学を卒業し、社会人となり、それぞれ結婚。ようやく両親が一息つけたその時、父親が“脳梗塞”で倒れました。

 

迅速な対応が幸いし、後遺症もなく、2週間程度で現場復帰できるまで回復。

そんなある日、ふと観たテレビで、ある「みかん」が取り上げられていて、ゲスト全員が「こんなジューシーなみかんは初めて食べた!」と絶賛。

 

これが「せとか」でした。

両親は「これだ!!」と確信し、翌日早速苗を注文しました。

 

露地でミカン栽培をしていた経験が活かせると思ったのでしょう。

翌日、早速JAに苗を注文し、3分の1の面積を「せとか」に切り替え、栽培3年目から販売可能な品質で収穫出来るようになりました。

 

毎年少しづつ面積を増やし、最終的に現在の面積「7,000㎡」(800本定植)まで規模を拡大していきました。

 

「せとか」栽培が軌道に乗った頃、父が農作業中に2度目の“脳梗塞”。

たまたま母親が近くで農作業を行っていたため、また奇跡的にも大事に至らずに済みました。

 

しかし、農作業時間の制限を設けざるを得なくなった父と、その分負担が増える母。帰省するたびに、兄妹の中では「これからこの家はだれが守るのか」という話になりました。

 

それは長男である私が家を継ぐ、というのが、素直な選択だとは分かっていました。サラリーマンとして定年まで働けば、それなりのポストにたどりつくはず。

 

でも、定年後に帰郷したところで、両親が苦労して広げた農地は確実に荒廃してるだろう……とても悩みました。

 

悩み尽くしましたが、何度考えてもたどり着く答えは同じでした。

 

“家業を継ぐ”そして“この土地を守るのが僕の使命”ではないかと。

 

帰郷した私は平成29年1月から正式に農業経営者となり、この「せとか」と向き合う日々を過ごしています。

 

大好きな“宮崎”で、祖父と両親、私を支えてくださった全ての方々への感謝を込めて、「せとか」作りに励んでいく決意をいたしました。

何卒よろしくお願い申し上げます。


贈答品もお任せください

 

子供から大人まで愛される「せとか」。贈答品にはもってこいの高級品です。

 

「せとか」を初めて食されたお客様からは「こんなおいしいみかん初めて!」「大きくて甘い」という感想をいただいております。

 

ご贈答用には、重厚な箱で大切にお届けしています。

 

是非ともご賞味ください。